「母親の不安・心配の解消」を理念に、ホームページで育児支援
かわむらこどもクリニック(仙台市青葉区) |
今回は、院内報の発行や育児サークル「お母さんクラブ」の活動のほか、ホームページの開設やメールでの医療相談により「母親の不安・心配の解消」という理念を形にしている小児科クリニックの事例を取り上げます。
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院内報からITを活用しホームページへ発展
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仙台市郊外の閑静な住宅街に位置するかわむらこどもクリニック(写真1)のホームページのアクセス数は、川村和久院長が1996年1月にホームページを開設して以来、すでに50万件を超えています。これはおそらく、小児科クリニックに限らなくとも、診療所開設のホームページとしては日本有数のアクセス数を誇っています(写真2)。
このようにすでに膨大なアクセス数に達し、現在でも日々その数を更新し続けているのは、川村院長がクリニックを開業するにあたって「母親の不安・心配の解消」という理念を掲げ、それに基づく日常の診療に加えて、『かわむらこどもクリニックNEWS』の発刊をはじめ、ホームページの開設やメールによる医療相談といったIT活用を図るなど、1つ1つ積み重ねてきた活動の成果なのです。 川村院長は、開業前までは病院で新生児医療に携わっていましたが、昼夜を問わず休みなく続く勤務に肉体的な限界を感じたこともあり、1993年2月、出身地である仙台で開業しました。開業するにあたり、その頃あまりされていなかった理念というものを掲げたのは、勤務医時代の経験に根ざしています。 <理念の由来> 本来、親にとってお祝いごとであるはずの出産が、未熟児、仮死、奇形児などさまざまな重症の新生児の誕生となる場合があります。新生児医療にとっては、そういう状況を親に受け入れてもらわなければならないという、親に対する精神的ケアも重要な領域です。川村院長は母親たちの流した悲しみの涙や、退院したときの喜びの涙に小児科医として育てられてきたという思いがあります。「母親の不安・心配の解消」という理念を掲げたのはそうした理由からです。 開業してから4ヵ月後の93年6月、理念を形にして伝えられないかと始めたのが院内報の「かわむらこどもクリニックNEWS」(写真3)です。A4用紙の表裏両面にぎっしりと、医学的な話題や情報、病気の説明・対処法を掲載、また、母親とのコミュニケーションを目的にしたコーナー「読者の広場」では母親からの投書、手紙、E-mailなどが紹介されています。この院内報は発刊以来、毎月欠かさず発行され、すべて川村院長の手で執筆されており、2004年5月には130号に達しています。 <ホームページの立ち上げ> ところがある時、院内報を読んでくれているはずと思っていた母親に尋ねてみると、案外読まれていないことに気づきました。「情報は、発信しても受信する側が受ける意思を持たない限り、情報にならない」ということを痛感した出来事でした。ちょうどそのころ、インターネットが家庭に普及しだし、パソコンの得意な人が個人でホームページを持ち始めました。川村院長は、関心のない人に情報だと言って渡しても仕方がないが、インターネットであれば少なくとも自分から求める人に提供できるのではないかと考え、96年1月、自ら制作したクリニックのホームページを立ち上げたのです。「当時、小児科では大学のホームページがせいぜいで、開業医のホームページなどほとんどない時期でした」と川村院長は振り返っています。 |
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ホームページと相談メールを活用した育児支援
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かわむらこどもクリニックのホームページは、当初、診療時間、所在地、開業理念といった情報提供者が誰であるかがわかる程度のクリニックの案内の他は、紙媒体で発信していた情報をインターネットに載せるという方法でスタートしました。それは、それまでパソコンのDTPソフトで制作し、30編ほど蓄積していた院内報『かわむらこどもクリニックNEWS』や、新聞の宮城県内版に掲載していた、病気の説明や症状の対処法を700字程度で解説した「小児科ミニ知識」などです。スタート時は、せっかく書いた一般的な医療知識を、「少しでも情報を求める全国の人の役に立てたい、新しいことにチャレンジしよう」という気持ちからだったといいます。
アクセス数も最初のうちは、1日3〜5件とほとんど増えませんでした。しかし、当時の大学のホームページは、医局の連絡用として使われている程度で、親に対して役立つ情報を発信しているようなページはほとんどなかったこともあり、新聞、テレビ、ラジオ、パソコン雑誌、育児雑誌、医療関連雑誌などさまざまなメディアにとりあげられるようになり、それにつれてアクセス数も増えていきました。 <WEB版「質問箱」の設置> また、ホームページに連絡先という程度のつもりでメールアドレスを入れておいたところ、「役にたった」という御礼や相談ごとのメールが送られてくるようになりました。そこでホームページを開設してから3ヵ月後の96年4月に、インターネットの双方向利用という特徴を生かし、メールによる医療相談コーナー「質問箱」を設置したのです。 「質問箱」に送られてくる母親からの相談は、大きく2つのタイプに分けられます。1つは、核家族化し、近くになんでも聞ける子育て経験者がいないことから、「熱があっても風呂に入れてもいいか」「乳児に60度のお湯で作ったミルクを飲ませていたが大丈夫か」といった、医療相談というよりも子育てに関する単純な疑問や心配事などです。 もう1つは、いわゆるセカンドオピニオンです。川村院長が今でも印象に残っているのは、生まれつきの心臓病の子どもを持つ母親からの相談で、誕生時からさる病院の同じ医師に診てもらっており、検査・投薬や将来の手術の予定まで説明されているにもかかわらず、大切なわが子の命をたった1人の医師に任せていいのか、という質問でした。「医師の立場からすれば100人診ている患者の1人にすぎなくても、親からすればたった1人のわが子です。その医師を信頼してはいても、疑問や不安を持つ母親の想いが伝わってくるメールでした」と話しています。 こうした「質問箱」に送られてくるさまざまな相談は、当初、月10件程度でしたが、最近では月100件近くあり、総数は5000件に達しようとしています。返信は内容により数行で済むものから400字、800字と書かなければならないものまでさまざまです。昼の空いた時間や夜の診察後に書いています。また、過去に「質問箱」に寄せられた質問と回答250件をまとめた「Q&Aコーナー」も設置されています。 |
育児サークル「お母さんクラブ」とかかりつけ患者専用アドレス
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川村院長が「質問箱」で学んだことは、診療時間のなかで説明を受けても、十分な理解や納得がないまま帰っていく親が多いということでした。「インターネットを介して見ず知らずの医者にまで質問をするほど不安や心配が取れないわけです」と、母親の心理を分析しながら、「目の前の母親も同じはずだ」と川村院長は考えるようになりました。(【コラム参照】)
つまり、同クリニックに来院する母親も混雑した診療中に質問するのは申し訳ないと思ったり、聞きたいことを聞く勇気がなく、同じように不安を残しながら帰っているかもしれないのです。また、従来続けてきた院内報やホームページは文字であるため冷たく感じているかもしれません。そういうことを埋めるための本当のコミュニケーションは人と向き合わなければできないのではないかという考えから、98年にはじめたのが育児サークル「お母さんクラブ」です(写真4)。 「お母さんクラブ」は、近くの市民センターを借りて年8回ほどの開催です。季節特有の病気の対処法や栄養士による栄養の話、救急隊員による救急蘇生の実習などのほか、悪徳商法・消費者金融に関する司法書士の話といった直接医療には関係ないが、親に役立つ話題を取り上げたり、クリスマス会といったレクリエーションなど多彩な内容になっています。毎回、最後にはフリートークの時間をもうけ、診察中に聞けなかったことなどがないかと問いかけるなど、話をしやすい雰囲気づくりにも努めています。 この活動を通して、川村院長と母親、クリニックスタッフと母親のコミュニケーションをよくするとともに、子育て中の母親が孤立しないよう、友だちづくりの機会にすることも目的にしています。「木曜午後の休診時間を利用しての開催にもかかわらずスタッフの欠席がなく、自発的に全員参加してくれます。少ない会費でほとんど持ち出しですが、お母さんたちから“楽しかった。またやってほしい”と言われるのが継続していける力になる」と川村院長は語っています。2004年3月で通算開催回数が50回、参加者がのべ710人を超えました。 また、「お母さんクラブ」に参加できない母親のために、2000年10月、「患者さん専用メールアドレス」をスタートしました。従来、待合室に設置していた投書箱への投書は、月数件程度しかありませんでした。そのため、メールアドレスを設定したものの、有効活用できるのか、医療相談が多くきてその対応に時間を費やすようになるのではないかということが心配でした。しかし、心配をよそに、メール数は次第に増加し、月20件以上のメールが届くようになり、2004年3月までには1000件を超えました。投書箱と比べれば10倍も多く、有効に活用されています。 医療相談も3分の1程度で、残りは感謝のメールや同クリニックで紹介してもらった病院でのその後の経過報告などでした。「待っている時間に看護師さんが真剣に細かく症状を聞いてくださること、娘の名前で呼んでくださること、先生の説明がわかりやすく、質問に丁寧に応じてくださること…とすべてがありがたく、最初に通院した時は驚きの連続でした。娘は内弁慶で、看護師さん方の一生懸命な話し掛けにも反応が悪く(親の方がいつもハラハラです…)、ご迷惑おかけしておりますが、それでも笑顔で対応してくださるのには本当に頭が下がります。これからもお世話になることが多いと思いますが、改めてよろしくお願い致します。」等、面と向かって言えないような感謝のメールをいただくこともあります。 また、寄せられるメールのうち35%が携帯電話からで、身近なIT機器の普及が医師へのメール送信を容易にしたようです。 |
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次世代へ伝えるコミュニケーションの重要性
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かわむらこどもクリニックでは、こうしたさまざまな取り組みとコミュニケーションの重要性を次世代に伝えることを目的に、2000年から東北大学医学部のカリキュラム実習、2001年から日本外来小児科学会の小児プライマリ・ケア実習の見学実習施設となり、医学生を受け入れています(写真5)。
医学生の募集は、大学や学会への登録ばかりではなく、ホームページに「学生実習」のコンテンツを設け、実習風景の映像も公開しています。プライマリ・ケア実習に来る学生は、北海道から九州まで所属大学にかかわらず、実家が仙台にある人が多く、また、なかには同クリニックのホームページを見て、費用を自己負担してくる学生もいます。 学生には、かわむらこどもクリニックの実習施設としての特徴である医療相談メールで患者の生の声を知ってもらい、コミュニケーションの重要性を伝えています。2003年までに22人の医学生が実習を終えました。 |
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●コラム
ネット相談者へのアンケート調査でその背景を知る 医療相談に答えるときの3つの姿勢 |
同クリニックでは、2000年12月〜2001年3月にインターネットで医療相談のあった431人を対象にアンケートを行いました(図1)。回答率54.9%にあたる229人もの相談者から回答が得られました。「(なぜこのホームページの)他医に医療相談をしたのか」という質問に対し、49.3%(73人)もの人が「医師に説明してもらいある程度理解できたが、不安や心配がとれなかった」と回答しました。次いで多かったのは「説明は理解できたが、他の医師の意見も聞きたかった」(39人、26.4%)というセカンドオピニオンを求めているという回答でした。以下、「説明を理解できなかった」「説明してくれなかった」の順でした。そういうデータを通して自分の患者も同じ思いを持って帰っているのではないかという反省のひとつになりました。
川村院長がインターネットで行っている医療相談は、むしろ「よろず悩み相談」であって、いわゆる「診察」ではありません。主治医の治療方針に言及したり、ましてや病院を変えなさいなどというコメントはしません。相談者は悩みを吐露することで気持ちが楽になるのです。「今かかっている先生も優しいはずだから聞く勇気を持ちなさい」など、母親のモチベーションを高めるような言葉を掛けることを心がけています。 一方、川村院長も、「相談を受けることで患者の気持ちがわかるようになることや、“聞いてもらって気が晴れた”というような気持ちの伝わってくる御礼の言葉が私にとってのモチベーションになる」といいます。「質問箱」に届くメールの3分の1は感謝の言葉で、「ホームページを作ってくれてありがとう」などといったものもあります。「報酬があるわけでもなく月に30時間もの労力を費やして返信しているのは、相手の温かい気持ちが伝わるメールが来るからです」。川村院長もこうした患者に支えられているのです。 |
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医師からの一言
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「ホームページを作る目的を集患とするならやめたほうがいい」
ホームページや医療相談をはじめてもやめていく医師が多いのは、自分の労力・時間を使ってもリターンがないことが主な理由です。中に非礼な相談者がいて不愉快な思いをしたり、理不尽な誹謗中傷を受けメールを開けられなくなったりすることもあります。「これからホームページを立ち上げ、継続していこうとするなら、自分の医療に対する考え方や医療技術などを示していくのがいいのではないか、そのためには開業医といえども理念を持つことも大切なことだ」といいます。 |
川村和久氏の略歴
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1978年、杏林大学医学部卒業。同年、国立仙台病院小児科にて研修を受け、仙台赤十字病院周産期センター、84年、東北大学医学部小児科、85年に日立製作所日立総合病院新生児科と、勤務医時代には小児科のなかでも主に新生児医療に携わる。93年に出身地である仙台市青葉区に「お母さんたちの不安・心配の解消」を理念に、かわむらこどもクリニックを開業。理念に基づく診療とホームページの活用などで育児支援を実践している。
現在、日本外来小児科学会理事、宮城県小児科医会理事、仙台市小児科医会理事、宮城県保険医協会理事を務める。 著書に『小児科医がやさしく教える赤ちゃん・子どもの病気』(PHP研究所)などがある。 |
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