かわむら こども クリニック NEWS  平成10年10月号


キューちゃんとクロちゃん

 今回は少し趣向をかえて、猫の話をしてみます。
 我が家はずっと、猫を飼ってきました。最初の猫の「ピーちゃん」は、娘が学校の帰りに捨ててあったのを拾ってきたのでした。猫を飼う気はなかったのですが、娘の気持ちを考えて飼うことになりました。当時小生は新生児の仕事をしていたので、真夜中に帰ることが度々でした。そんな時車の音でわかるのか、小生が玄関から入ると体をすり寄せて甘えてくるのでした。忙しい仕事ですっかり緊張した心を、そっと和ませてくれるそんな優しい子でした。飼い始めて6ヶ月経ったある夜、ベランダから弱々しそうな声が聞こえてきました。窓を開けると、よたよたと入ってきて倒れてしまったのです。口から血を流し、もがき苦しんだかのように前脚の爪は、すっかりぼろぼろになっていました。何かのアクシデントで、苦しさの中で、やっとの思いで我が家にたどり着いたのでしょう。もちろんその後まもなく、天に召されたのでした。この経験は、家を愛する猫の痛々しいほどの気持ちを始めて知ることになりました。
 しばらくして隣の家で生まれた白黒の「キューちゃん」を、もらってきました。この猫は生まれて間もなく飼われたので、ひょっとしたら自分を人間と思っていたのかもしれません。その少し後、「たま」という雌猫が迷い込んできたのです。なわばり意識が強かったのか、「キューちゃん」は「たま」を威嚇し、決して相いれないように見えたものです。ところが動物の性というのは不思議な(悲しい)もので、発情期になった途端、「たま」を追いかけ回す様になったのです。さすがに家内もその豹変ぶりにあきれ、すぐに去勢したことはいうまでもありません。そのたまも2ヶ月足らずで、交通 事故で天に召されてしまいました。
 2〜3年後のある日、庭でニャーニャーと泣く声がしました。お腹が空くと餌をもらいにやってくる、そんな感じでした。家内は、なわばり争いを心配して、決して飼わないと決めていたようでした。この猫はだんだん大胆になり、始めは庭、次はベランダ、その後は網戸をひっかくようになってきたのです。こうして「クロちゃん」の作戦は、まんまと小生の心をとらえ、4番目の我が家の猫の座に収まることになりました。心配していたなわばり争いもなく、本当に仲が良いという印象でした。もちろん雄猫同士ということもありましたが、「ひょっとしたら親子では」という疑問は、最後まで解明されることはありませんでした。
 そして開業とともに「キューちゃん」と「クロちゃん」は、仙台に引っ越してきたのです。「キューちゃん」は引っ越しや改築での人の出入りが原因で、とても臆病な猫になってしまいました。ところが「クロちゃん」は、野生で育った時間が長かったせいなのか、我関せずという状況で環境の変化にも全く変わった所がありませんでした。この二人はかなり対照的な性格で、人間に媚を売る(あまりいい表現ではなく、本当は褒める言葉として使いたかったのですが)のと、距離を置いて人間に接する猫達だったのです。この性格の違いが、結局はいい結果 を生み、それぞれお互いを認めあって仲良く暮らしていました。ともに我が家で暮らすようになって7年と10年、すっかり家族の一員になりきっていたようです。子育てと同じで、決して家内(母親のようなもの)にはかなわないということは、他の家族の誰の目に見ても明らかなことでした。
 そんな猫が一緒の楽しい生活の中、「クロちゃん」の具合が悪くなったのは月頃からでした。時々口の中から出血するようになり、何と検査の結果 血液の病気ということが判明したのです。口の中に潰瘍ができ、出血を繰り返し、何度か入院という事態になりました。そして今度は「キューちゃん」の元気がなくなり、急に食べなくなってしまったのです。水分もとらなくなり脱水と衰弱が目立つようにり、点滴を決意しました。始めての経験でしたが、毛を剃り前脚に何とか点滴を入れることができたのです。外来で子供たちが回復していく姿とは異なり、回復が思わしくなかったので、やはり専門家の獣医の診察を受けることにしました。そして何と診断の結果 、病名は全く予想しなかった糖尿病だったのです。1週間程度の入院の後、連日のインシュリン注射が始まりました。何度か風邪などのストレスを契機にして、糖尿病が悪化し、入退院を繰り返したことはいうまでもありません。最近では人間に限らず、犬や猫でも糖尿病の頻度は増加しているということです。人間でも難しい糖尿病のコントロールは、理性のない猫ではほとんど不可能というものでした。点滴やインシュリンの治療にも関わらず、病状は次第に悪化し9月26日享年10歳で天に召されてしまいました。その頃から仲間を失ったせいか、「クロちゃん」も少しづつ少しづつ元気がなくなっていくようでした。血液の病気と診断されてから、ステロイドホルモンの内服や注射を繰り返しの毎日でした。しかし次第に治療の効果 も挙がらなくなり、「クロちゃん」も「キューちゃん」の後を追うように、10月2日享年7歳で天に召されることになってしまいました。一度に2匹の猫を失うことは、夢にも思っていないことでした。何と仲良しの猫達だったのでしょう。きっと天国の野原で、一緒に遊ぶ仲間が欲しかったのかもしれません。2匹の猫のなくなった日は、不思議に大雨の後の秋晴れで、まるで日の光とともに元気に旅立っていったようでした。
 うちの歴代の4匹の猫の冥福を、心より祈りたいと思います。
 病院の院内報に、何で猫の死んだ話と思われる方もいるかもしれません。でも家族と同じ仲間だったのです。猫との生活の中で学んだことも、たくさんありました、またこの子達の病気で親としての気持ちを学ばされました。家族としての猫達の記録を、生きた証として何とか残してあげたかったです。そんな気持ち汲んでいただき、お許しいただければと思います。


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