今月号の題名は意味不明で、すぐには理解できないかもしれません。小児科医は体だけでなく、心の病気にも対応しなければなりません。最近、心が関係する患者さんが続いたので、経緯と結果を紹介します。
まず、7歳の男の子、1ヶ月前から咳が出て呼吸が苦しいと訴えるようになり、近所の内科小児科で喘息と診断。治療を続けているが、治らないということで受診。診察室でもいつもの症状ということで、急に大きく呼吸をして咳が出てきました。しかし、診察所見は異常なく、苦しいようにはみえません。学校からの連絡はなく、寝ているときには見られない。目の前では回数が多く、待合室では少ないなどからチックと診断。チックとは自分の意志にかかわらず、突然の動作(運動チック)や発声(音声チック)をくり返すものです。内科小児科では喘息のフルコースの治療を受けていましたが、治らないのは当たり前です。飲み薬と吸入をすべて止め、母親に対応を話し,当人にも説明し帰宅しました。その後の経過は母親の安心もあり、ほとんどみられなくなりました。
次は、7歳の女の子、夜になると怖いと訴えることで受診。日中は全く問題なく元気で、もちろん診察でも異常はありません。症状がでたのは、軽い湿疹で皮膚科を受診した夜からでした。皮内反応でダニとホコリが陽性で、布団に多く生息していると。脅されたような気がした子は、布団に入ると怖くなって苦しくなったということです。本人に皮内反応と症状は関係ないこと、軽い症状であれば検査も必要ないこと、今まで大丈夫だから心配ないと伝えました。もちろん、その夜から安心して眠れるようになったことはいうまでもありません。
次は大人バージョンです。嘔吐があり体調がすぐれないので内科受診、点滴。点滴中にさらに具合が悪くなり、過呼吸、息苦しさ、手足のしびれも出現。子どもがかかりつけで、以前からお母さんが神経質と感じていました。訴えとして口から出る言葉は、すごく重症な病気を疑わせる症状ですが、訴えと症状の間には大きなギャップがあり、明らかに心理的・精神的な症状でした。気持ちを落ち着かせるため点滴、ゆっくり時間をかけて話を聞くことに。心配は“重い病気が隠れているのでは、仕事先に迷惑をかけるのでは、子どもに悪影響を与えるのでは、夏休みに子どもと楽しめるのか...”。受診時には、こわばって苦悶さえ浮かべていた表情が、しだいに緩んで、帰る時には笑顔になりました。2週間後、体調が悪くてのぼせるという訴えで再診。30〜40分かけての話を聞いてあげただけで、すっきりした顔で帰宅。帰り際に“先生と話するだけで、心が落ち着いて安心できる”と。アドバイスは“つまずく原因があると不安が大きくなるパニック障害。受診で安心するのは必要だけど、安定のためには専門家による投薬治療が必要。” 2日後、悪夢から不安になり、手足のこわばり、冷や汗、心臓がぐるぐる捩じれる、悪夢と現実の区別がつかなくなったと再診。話を聞くだけで落ち着きましたが、心療内科受診を強くすすめました。つい先日“今は念願の北海道にいます。主人の実家でこんなにゆっくりできる私は幸せ者です。”との報告が。
最後のケースは育児不安のお母さんです。10ヶ月の赤ちゃんを抱えて一生懸命子育てをしています。しかし、離乳食を全く食べないと泣きそうな顔で相談に。赤ちゃんは体重・身長も平均以上で、バランスも全く問題なし。よく話を聞いてみると、“哺乳瓶でも飲まないし、離乳食も食べない。もし7〜8回飲ませている母乳が止まったら、赤ちゃんは死んでしまう”との訴え。不安を全部吐き出せたところで、話を少し切り返しました。“保育園に預けた赤ちゃんが飢え死にすることはない。全く母乳が出ない母親の赤ちゃんでも、皆ミルクで育っている。赤ちゃんの発育からは母乳でしっかり栄養が取れている。しっかり栄養が採れていれば、食べる必要はない。”なかなか簡単には受け入れがたいようでしたが話を続けるうちに、いつの間にか涙は止まり、厳しい顔つきも緩んできてるようでした。続けて“生き物は生存本能が働き、お腹がすけば必ず食べる。もし3日も何も食べずに空腹になったら、コンビニのゴミ箱に捨ててある弁当の残りを食べるのが人間。今は母乳で栄養が足りているから、つまり食べる必要がないから食べないだけ。必ず食べるようになると信じて、これからゆっくりと離乳食を始めればいい。お母さんの余裕は、赤ちゃんの安心の源。そのうち食べればいいというぐらいの気持ちで接してあげて。”。入ってきた時とは別人のような笑顔で、帰ることができたようです。これで、赤ちゃんも食べてくれるでしょう。
大事なことはふたつ。皮膚科や内科の医師は、病気は診るけど子どもを見ていない。小児科は子どもを見ながら病気も診ていることの違いでしょう。もうひとつは母親の精神的肉体的健康が、子どもの健康にとって重要なこと。だから当院の開業理念は、『お母さんの不安・心配の解消』なのです。