突然の日本脳炎の予防接種の差し控えで、驚かれた方も多いと思います。その真相に迫ってみたいと思います。
昨年7月に日本脳炎の接種を受けた山梨県甲斐市の女子中学生に、接種後11日目にめまいや頭痛などの症状が出現しました。その後、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)と診断され、人工呼吸器の装着を必要とするような重体に陥りました。調査委員会が「ワクチンが原因の可能性が高い」と報告し、5月26日に厚生労働大臣により因果関係の認定がなされました。その結果、厚生労働省から5月30日に、急きょ「定期の予防接種における日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについて」の勧告が出されました。
何か難しい勧告ですが、どう解釈するのでしょうか。皆さんも御存知のように、現在の定期接種は義務ではなく、勧奨接種です。勧奨接種とは、「受けるように努めなければならない」ということです。定期接種というのは、予防接種法で接種する時期が規定されている予防接種のことで、わかりやすい表現をすれば無料券が使えるものということになります。予防接種関しては、国の施策でありながら、実施に関しては市町村にゆだねられています。市町村は、積極的に予防接種を受けるように勧めている訳で、これが積極的勧奨と呼ばれるものです。仙台市からも緊急のお知らせが出され、「仙台市としては日本脳炎の予防接種を積極的には勧奨していないことを伝えてください」と記載されています。ということは、現実的には中止と考えざるを得ません。当院も特別な理由がない限りは、今年の日本脳炎の予防接種は中止としました。
次に、急性散在性脳脊髄炎(ADEM)について解説します。ADEMはワクチン接種によってのみ起こる病気ではありません。原因としては、ウイルスなどの感染後に起こる感染後性、各種ワクチン接種後に起こるワクチン接種後性、先行する誘因が不明な特発性に分けられています。感染やワクチン接種後、数日から2週間後に発熱、頭痛、嘔吐、全身倦怠などの症状で発症します。脳や脊髄が冒される病気なので、その後、意識障害、運動麻痺、けいれんなどの症状が現れてきます。ステロイド剤による治療により完全に回復することが多いのですが、約10%に運動麻痺などの後遺症がみられます。ウイルス後性では、麻しんが最も多く、水痘、おたふく、インフルエンザでみられることがあります。ワクチン接種後性では、日本脳炎によるものが最も多いのですが、他のワクチンにもあります。日本脳炎に多くみられる理由としては、マウスの脳を使って製造していることに関係があるとされています。とは言っても頻度は非常に希で、1人/100万人程度と考えられています。
ここで少し日本脳炎について解説しましょう。この病気は日本脳炎ウイルスが、蚊(コガタアカイエカ)によって媒介されて感染します。人から人への感染は無く、豚の体内で増えたウイルスを蚊が吸血し、その蚊に刺された人が感染するのです。刺された人のうち1人/100〜1000人だけが発症し、不顕性感染(ウイルスが入っても症状が出ない)が多いとされています。日本脳炎の潜伏期は6〜16日で、高熱(39〜40℃以上)、頭痛、嘔吐などの症状から始まり、意識障害やけいれんなどの症状がみられます。死亡率も高く約15%で、生存者の半数近くに後遺症を起こす重症な怖い病気です。日本での発生は毎年10人未満で、多くは高齢者が感染しています。しかし、日本以外にもアジア各地では多数の感染者が出ています。日本脳炎の発症の指標になる豚の感染(抗体の上昇)は、西日本では現在でも確認されています。しかし、環境の整備、養豚方法の改善やコガタアカイエカの現象によって、感染の機会は少なくなっているのも事実です。
さて、皆さんの心配のひとつは、今年接種したワクチンでADEMにならないかということだと思います。ワクチン後のADEMは、今までもみられていました。今回たまたま重症ということで、このような勧告がでたのです。しかし、起こる確率は極端に低いので、一般的には心配はしなくてもいいと思います。予防接種の有効性と副反応は、いつも問題になります。自分自身の考えは、予防接種の有効性を優先すべきだと思っています。もう一つは、途中までの接種がどうなるかでしょう。1回しか接種していない場合もあるし、追加接種ができなかったという心配もあると思います。しかし、現時点でこの勧告を無視して接種するといいうことは、お勧めできません。海外旅行などで、どうしてもという場合以外は、来年まで待ってください。幸い西日本と違い、宮城県での豚の抗体価はあまり高くないようです。今すぐ日本脳炎にかかるという心配も、ほとんどありません。西日本では、考え方が少し変わります。日本脳炎が重症で死亡率や後遺症を起こす割合が高く、豚の抗体価も高いので、東北以上に混乱をしているようです。来年から予防接種が再開するとの希望的観測もありますが、現時点では未定という段階です。副反応の少ない細胞培養由来のワクチンが製造され、認可を待っている状況です。ただ、製造数が少なく、来年から全員に接種することは難しいようです。
今回、もう一つの大きな問題があります。それは情報のリークです。我々医師に情報が届く前に、新聞やテレビで報道されてしまいました。そして厚生労働省方の勧告が届いたのは、当日です。これでは、患者さんだけでなく、我々も混乱してしまいます。実際情報が届く前に、ワクチン接種をしてしまった医療機関もあるようです。患者さん(被接種者)のことを第一に考えていない政府やマスコミの対応に憤りを感じます。
この記事を読んで、余計な心配を持つ必要は無いということと、日本脳炎という病気、ワクチンの持つ意味をもう一度考えてみてください。
参 考
日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨の差し控えについて(概要)
(http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/05/tp0530-1.html)
日本脳炎ワクチン接種の積極的勧奨差し控えQ&A
(http://www.mhlw.go.jp/qa/kenkou/nouen/index.html)