皆さんは、Hib(ヒブ)という言葉を知っていますか。多くの親御さん達には、なんのことかわからないと思います。Hibは細菌の略称で、正式にはインフルエンザ菌b型(ヘモフィルス インフルエンザb型を略して、頭文字からHib)と呼ばれます。インフルエンザとb型が出てくると、冬に流行するインフルエンザウイルスと誤解されやすいのですが、全く別なものです。しかし歴史をみると、面白い話があります。19世紀の後半に今で言うインフルエンザが流行した時に、患者さんからHibが見つかりました。この時代にはウイルスの概念が無かったため、たまたま見つかったインフルエンザ菌が原因と考えられました。もちろん、インフルエンザは細菌性の病気ではなく、後にウイルスが原因ということがわかった訳です。
さて、Hibは何が問題になるのでしょうか。皆さんは細菌性髄膜炎という言葉を聞いたことがあるでしょうか。髄膜炎は、子どもの重症な病気の代表のひとつです。一般的に髄膜炎は、上気道や呼吸器の感染病巣から血液に入り、脳内に入り髄膜に炎症を起す病気です。中枢神経系の病気ですから、当然死亡率が高いだけでなく、後遺症を残す頻度も高くなります。ちなみに死亡率は20%、後遺症を残す割合は15〜20%といわれています。細菌性髄膜炎の原因菌はHibだけではありませんが、このHibによるものが最近増加していると言われています。確かな統計的なデータが無いのですが、年間600人以上も罹患、100人以上が死亡していると推測されています。約半数は0〜1歳に集中し、小さい子どもにみられるのが特徴です。髄膜炎以外にも、重症な喉頭蓋炎、肺炎などの病気も引き起こします。
細菌性髄膜炎というと何か特別な状況で起ると考えがちですが、必ずしもそうではありません。Hibは健康な子どもののどにも、症状が無い保菌者として5〜10%程度存在しているというデータがあります。ということは、誰でも細菌性髄膜炎になる可能性はあるということです。但し、病気としての頻度は低いので、可能性はあるにしてもすぐに病気になると心配するほどではありません。
Hibによる感染症には、いくつかの問題点があります。ひとつは、診断の難しさです。髄膜炎というと重症だから、すぐに診断がつくと思いがちですが、必ずしもそうではありません。髄膜炎の症状の特徴は、発熱と嘔吐です。皆さんも発熱や嘔吐は一度ぐらい経験したことがあると思います。症状の始まりは子どもによくみられる嘔吐下痢症などと同じです。当院では開業以来4例の細菌性髄膜炎を経験しましたが、発熱や嘔吐以外の症状は、顔色が悪い、何となく様子がおかしいなど、特徴的な症状ではありませんでした。進行すればけいれんや意識障害などみられますが、その時点での診断では遅く、死亡率も後遺症率も明らかに高くなります。小さい子どもに多いこと、特徴的な症状が無いというのが、診断が難しい理由です。幸い当院の子ども達は、全員生存し、後遺症も無く普通に暮しています。もうひとつは、耐性化の問題です。細菌感染治療の原則は抗生物質ですが、この抗生物質が効かなくなることを耐性化と呼び、効かなくなった細菌のことを耐性菌と呼んでいます。10年ぐらい前から耐性菌が増え、抗生物質による治療が十分な効果が得られないという深刻な問題も起きています。
誰でもかかる可能性があり、診断が難しく、治療に難渋するとなると、予防しかないということは、皆さん簡単に想像できることだと思います。先月号の麻しん・風しん混合ワクチンの記事でも紹介した通り、日本のワクチン行政は遅れています。このHibワクチンは1993年のWHOの勧告を受け、既に世界110ヶ国以上で定期接種されていますが、先進国で接種できないのは日本だけというさびしい現状です。日本でも2007年にワクチンとして承認されていますが、未だに認可されず接種できない状況です。ワクチンの有効性は十分確認されていて、ワクチン接種によって、Hibの重症感染症はほぼ100%防げると言われています。ワクチンとなると副反応を心配する人が多いのですが、従来のワクチンと比べて頻度は変わらない程度です。
多くの小児科医の努力により、近日中(8〜9月ごろ)にワクチンが接種できるよう(認可)になりそうです。接種回数や対象者は、三種混合ワクチンとほとんど同じですが、5才以上では免疫があるため必要が無いというのが一般的です。三種混合と同じ接種回数になる予定ですが、年齢によって接種回数が変わることになります。しかし、ワクチン接種に関しては、現時点では水痘やインフルエンザと同じで、任意接種という形になる予定です。任意接種では接種費用が自費となるため、費用(2〜3万円)を考えると接 種率が上がることが望めないのが現状です。
この記事で知ってもらいたいことは、Hibは重症感染の原因となること、細菌性の髄膜炎は死亡率が高いだけでなく後遺症を残す率も高いこと、3歳未満が罹患すること、ワクチンで予防可能なことです。我々も重症感染の子どもを少しでも減らすために、努力しています。この記事を読んだ親御さんも、この病気の理解を深めてください。Hibワクチンが接種できるようになったら、接種を考えてください。そして、接種率を高めるためにも、是非定期接種(無料化)のために力を貸してくれるようお願いします。
<参考>
・ヒブワクチンの実際 竹内 一 ノーブルプレス
・あなたのお子さんに「ヒブワクチン」が必要です リーフレット 日本外来小児科学会
細菌性髄膜炎からこどもたちを守る会
ホームページ